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広島高等裁判所岡山支部 昭和45年(う)37号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を岡山地方裁判所に差し戻す。

理由

〈前略〉当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意のうち事実誤認の主張について

所論は、原判示第一の事実につき本件は玉川剛運転の自動車が幅員二メートルの狭い道路からこれと交差する被告人運転の自動車が通行していた幅員六メートルの明らかに広い道路に約三メートル進入した際の衝突事故であるから、道路交通法三六条二・三項により玉川は被告人運転の自動車を先に進行させ被告人運転の自動車の進行を妨げてはならない義務がある。したがつて、本件事故は玉川が被告人運転の自動車の進路を妨害したために生じたものであつて、過失責任は玉川剛にあり、被告人に徐行義務違反の過失を認めた原判決には事実誤認の疑いがあるというのである。

そこで検討するに、原判決は原判示第一の業務上過失傷害の事実につき「被告人は自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四四年二月一六日午前〇時四五分ごろ、普通貨物自動車を運転し、岡山市栄町二八番先付近の交通整理が行なわれていない左右の見とおしが悪い交差点手前に北からさしかかり南進通過するに際し、左右道路から進出する車両の安全を確認するため徐行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り漫然と時速四〇粁位で進行を続けた過失により、折から左方道路から進出した玉川剛運転の普通貨物自動車を早期に発見できず、一三米位の距離に迫つて発見し、急停車の措置を講じたが間に合わず、自車左前部を同車右前部に衝突させ、よつて同車の同乗者玉川富子に対し全治約一カ月間の右顔面部打撲等、玉川邦夫に対し加療約一週間の腰部打撲捻挫の各傷害を負わせ、」と判示し、右事故につき被告人に徐行義務違反による過失を認定しているのである。そして原判決挙示の関係各証拠によると、右原判示日時場所において同交差点を南進中の被告人の運転する自動車と、西進中の玉川剛運転の自動車が衝突し、そのため玉川剛運転の自動車に同乗していた玉川富子、玉川邦夫がそれぞれ右原判示の傷害をうけたことおよび同交差点は交通整理が行われていない左右の見とおしがきかない交差点であることが認められる一方、被告人運転の自動車が通行していた道路は幅員が七メートルあり、玉川剛運転の自動車が通行していた道路は幅員二メートルであることが認められるのである。

ところで、交通整理が行われていない左右の見とおしがきかない交差点において互に交差した道路の方向から進入しようとする車両に徐行義務があることは本件事故当時施行されていた道路交通法四二条に規定するところであるから、原判決が被告人に右交差点進入につき徐行義務があることを認めたのは一応もつともであるが、右交差点を交差する道路の幅員が前認定のとおりである以上被告人の自動車の通行している道路が玉川剛の自動車の通行している道路より幅員が明らかに広いものであると認めるのが相当であり、しかりとすれば被告人の自動車には優先通行権が認められ右交差点進入につき徐行義務はないこととなるのである(昭和四三年七月一六日最高裁判決参照、なお現行道路交通法四二条は明文をもつて徐行義務を排除している)。しかしこのことは各車両が互に違つた方向から同時に交差点に進入する場合に限られるものと解すべきところ、本件事故当時施行されていた道路交通法三五条一項によると当該交差点に先に入つていた車両等があるときは他の道路からの進入車はこれを妨げてはならない義務があることを規定しているのである。玉川剛の司法巡査に対する供述調書によると、同人の本件交差点進入は「交差点の手前で一時停止して右・左を見たところ何も来ていない様でしたので再び発進して少し前に出て私の車の前が商店街の通りに出て左右がはつきり見透せる状態になつた時北から南にかなりの速度で来る車があつたものですから危いと思つて急停車したところ止まると同時位に相手の車の前部が私の車の横に衝突して来た」との供述があり、また司法警察員作成の実況見分調書によると玉川の自動車はその先端が本件交差点に約七〇センチ出た地点で一たん停車し、さらに2.3メートル中央に進出した地点でその右横腹に被告人の自動車の先端が衝突している図面の記載があり、これらによると本件交差点には玉川の自動車が先に進入していたとみられなくはないふしが窺われるのである。要するに本件交差点における衝突事故は被告人および玉川の各車両の同時進入によるものであるとするならば、危険の発生を予見しうる特別の事情がない限り、被告人には原判示の過失がないことは明白であるが、もし玉川の車両が先に交差点に入つていたものとすれば被告人にはその進行を妨害しないための義務(例えば、前方注視、徐行、避譲等の義務)があることになるのであるから、本件事故につき被告人の過失が肯認されることもありうるのである。されば原審においてはこれらの点につきさらに審理を尽し、訴因変更の要あるときはこれを命じ、被告人の過失責任の有無を認定すべきであるにかかわらず、卒然として本件事故につき被告人に対し徐行義務違反による過失責任を認めたのは法令の解釈適用を誤り或は審理不尽のため事実を誤認したものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

さらに職権をもつて調査するに、原判決が原判示第三の事実認定の証拠として被告人の自白のほか証人半田弘之、同三宅文男の各尋問調書および酒酔い酒気帯び鑑識カード(検知管とも)を挙示しているが、右各尋問調書には裁判官の認印はあるが刑訴法規則四二条所定の調書作成書記官の署名押印がないので無効といわざるをえず、また、右酒酔酒気帯び鑑識カード(検知管とも)は右証人三宅文男の作成したものであるが、同証人の尋問調書が無効である以上、被告人において証拠とすることに同意しなかつたことが記録上明らかであるから右カードについて刑訴法三二一条三項の手続を履践していないことになり、これまた証拠能力なきものである。結局、原判決は原判示第三の罪につき被告人の自白のみで断罪したことに帰し、判決に理由を付さない違法があり、原判決はこの点でも破棄を免かれない。

よつて、量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項・三八〇条・三八二条・三七八条四号により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に従い、主文のとおり判決する。

(藤原啓一郎 三宅卓一 渡辺宏)

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